羽田空港の滑走路沖合展開事業が閣議決定された。羽田空港再拡張と関係する首都圏第3空港をめぐる動きと、羽田空港新滑走路島の工法に関する話題を提供する。

1. 首都圏第3空港をめぐる動き

 1996年12月、第7次空港整備5ヶ年計画(1996-2000年度)が閣議決定され、「東京国際空港の将来における能力の限界に対応し、首都圏における新たな拠点空港の構想について、事業着手を目指す」ことになった(翌1997年12月、2002年度までの7ヶ年計画に改定)。空港整備(投資規模3.6兆円)の要点は以下の通りである。

  1. 成田空港の平行滑走路等の完成
  2. 羽田空港の沖合展開の早期完成
  3. 関西国際空港二期事業の推進
  4. 中部圏における新たな拠点空港事業の推進
  5. 首都圏における新たな拠点空港の事業着手に向けての調査検討
  6. 一般空港等は継続事業中心に整備
  7. 既存空港の高質化等所要の整備

 2000年9月に第1回首都圏第3空港調査検討会が開催され、「国内空港旅客数は、当初の予想を上回るペースで増加しており、羽田空港の容量制約は経済活動や市民生活の大きな損出につながる可能性が高いことから、首都圏第3空港が必要である」という認識で一致した。2001年3月の第4回検討会では陸上を含む16候補地が紹介されたが、同年5月の検討会では陸上への新規設置や自衛隊等の飛行場活用は困難、と判断された。7月の検討会において、羽田再拡張が、既存ストックを最大活用するという意味でも、利用者の利便、費用・工期等においても最も優れているとされた。8月には都市再生プロジェクト(都市再生本部)で「国際化を視野に入れつつ東京国際空港の再拡張に早急に着手し4本目の滑走路を整備する」ことが決まり、12月には国土交通省が「羽田空港の再拡張に関する基本的な考え方」を発表している。

 2002年1月に第7回検討会が開催され、首都圏第3空港については、「再拡張以後は今決めるのではなく次の世代に任せればよい」という意見もあったが、「羽田空港再拡張は暫定的なものであり、第3空港の成案がでるまで検討を続けるべき」というのが大方の意見であった。首都圏の新拠点空港構想の建設予定地数は、東京湾内5・浦賀水道内2・九十九里浜沖1となっている。これらを基に新たな空港予定地を絞り込む検討が継続事項となっている。

 

2. 羽田空港再拡張事業の工法

2-1. 審議の流れ

 2002年3月、羽田空港4本目の滑走路の工法を決める第1回工法評価選定会議が開催され、4月の第2回会議で工法に関する各団体からのヒアリングが行われた。工法は次の3つである。

  1. 桟橋工法: (社)日本海洋開発建設協会
  2. 埋立・桟橋組合せ工法(通称、ハイブリッド工法):(社)日本埋立浚渫協会、(社)日本海洋開発建設協会
  3. 浮体工法(通称、メガフロート工法):(社)日本造船工業会

 新設滑走路は、現在あるB滑走路と平行に滑走路島として施設し、連絡誘導路で本体と連結する。新滑走路自体の長さは2,500 mで、滑走路島の1,000 mが多摩川河口にかかる。

 10月、第6回会議で報告書(案)について審議された。その結論は以下の通りである。

  1. 三工法とも「空港として長期・安定的に機能すること」、「安全・確実な施工」、「環境への影響」等の観点から致命的な問題点がない。
  2. 工費・工期については、大きな差が認められない。
  3. いずれの工法も、適切な設計を行うことにより建設が可能である。
  4. 工法に関しては、議論された3工法及びその検討結果から安全性に問題がないと類推される工法に限定する必要がある。
  5. 会議において指摘した留意点については、基本的に今後の契約発注手続きの中で、その解決を求めることとすることが適当である。
  6. 発注方式としては、工費(維持管理費を含む)・工期の確実性を担保するための契約方式として、設計段階における工費・工期を施工段階及び維持管理階においても保証させることのできるよう、設計と施工を一体的に発注することを基本とする契約方式の採用を提案する。

 国土交通省は、工法の絞り込みを断念し、上記5-6)にあるように工法を入札によって決定する方針を決めた。2003年度に入札を行い、設計と施工を一括して発注し、維持費を含む工費と工期を発注業者に保証させる。入札による選定方式は「公共事業の新しいビジネスモデルになる」という委員の発言を新聞報道は伝えている。

 2002年12月に国土交通省交通政策審議会空港分科会は2003年度を初年度とする第8次空港整備計画の答申(案)を公表した。その中で羽田空港の再拡張は、国内空港整備で最も重要かつ喫緊の課題と位置付けられている。余談だが、滑走路島建設の財源に関する答申(案)の「VII。空港整備及び航空保安システム整備に関わる財源問題(3)国、地方負担比率の見直しの検討」で、「羽田空港の再拡張事業は、周辺地域に大きな利益をもたらすこと、さらに、再拡張後の余裕枠の活用による国際定期便の就航により、周辺地域に更に大きな利益をもたらすこと等に鑑み、地方負担を導入する方向で検討する必要がある。・・・空港の高質化、活性化に資する施設の整備について、国と地方の負担割合のあり方について検討する必要がある」としている。後に国土交通省と東京、神奈川、埼玉、千葉4都県の知事、政令指定都市市長とで、協議の場を設けることで合意されることになったが、神奈川、埼玉、千葉の3県、横浜、川崎、千葉の3政令指定都市が、費用負担に「強く反対する意見書」を共同で国に提出し、また、東京都も、国土交通省が地元自治体に求めた費用負担を正式に拒否している。

 

2-2. 工法の特徴

2-2-1. 桟橋工法(工期2.5年、工費6,080億円)
  • 外国では空港として使用実績のある工法である。
  • 杭の間を河川流が透過する構造であるため、多摩川河口部に設置可能である。
  • 第一航路浚渫土砂の処分が別途必要である。
  • 環境配慮として、採光窓により滑走路の下部に採光を確保する。

 

2-2-2. ハイブリッド工法(工期2.6年、工費5,780億円)
  • 実績のある埋立工法に、多摩川の河川流の透過を確保するために桟橋工法を組合せた。
  • 第一航路浚渫土砂を埋立材として利用することが可能である。
  • 他のプロジェクトとの関連では、首都圏で発生する建設残土を受け入れることにより、その処分費要約100億円の節約が可能です。
  • 埋立土砂の土取地における環境悪化は、現在想定している土取り場では、都道府県知事が土取り場の開発許可にあたり環境の保全が要件にされていることから、問題は基本的に発生しない。
  • 環境共生型消波ブロックの採用により、埋立護岸が魚礁となり、新たな生態系を形成することとなり、消失される浅場の代償的な効果がある。

 

2-2-3. メガフロート工法(工期2.5年以内、工費5,897億円)
  • 世界的に見ても事例は存在せず、新しい構造形式である。
  • 浮体の下部を河川流が透過する構造であるため、多摩川河口部に設置可能である。また、環境への影響も小さい。
  • 浮体内部の巨大な空間を倉庫等として利用することが可能であれば、大きな経済効果が得られる。
  • 第一航路浚渫土砂の処分が別途必要である。

 

2-3. 各工法の環境への影響

 工法評価選定会議の報告書(案)の中から、環境への影響に関する部分は、おおよそ以下の通りである。

工事が環境に与える影響はないか
騒音、振動、水質(濁り)について検討を行ったが、各工法とも、現空港の沖であり、市街地と離れていることから、騒音、振動の問題は基本的に生じず、また、汚濁防止膜を設置する等の対策を講じることにより、水質(濁り)への影響は回避可能と考えられる。
場の喪失による影響はないか
底質、底生生物に与える影響についての検討を行ったが、既存資料より、当該地域では生態系を形成する底生生物はほとんど分布しないことが分かった。また、海水の消失、遮光水域の発生による一次生産について、大きな影響を与えないことが分かった。
流れ等に与える影響はないか
各工法について、事務局において、数値シミュレーションによる流況変化の予測実施及び栄養塩、溶存酸素等の分布の変化の予測を行った結果、流れ等に大きな影響を与えないことが分かった。

3. おわりに

 工法評価選定会議では多摩川の河川管理上の安全、船舶航行の安全、航空機の騒音は、検討されたが、生態学関係の専門家は含まれていなかったので、東京湾の生態系への影響は殆ど討議されなかった。例えば、第2回会議の全体討議の中で以下のようなやりとりがあった。質問者「環境との関連で、藻場がなくなるのが心配である。埋立は浅場を埋める。桟橋・浮体はスティールにイガイが付着し、これが死滅して酸素を消費し、貧酸素水塊が発生しないか心配である。これに対応するアイディアをお持ちか?」、返答者「湾奥において付着生物の実験があり、浮体直下では溶存酸素が通常より値が2程度下がるという結果がある。対策は今後検討」。以後、論議はなく、2-3項2-3)のような結果となっている。ここで気になるのは質問者自体も現場の情報を十分にもっていないことが推察出来ること、さらに単位を明らかにしていないが、溶存酸素濃度で値が2低下するというのは、例えば8 ml/Lから6 ml/Lへ低下するのと、5 ml/Lから3 ml/Lでは意味が違う。2.5 ml/Lは生物生存に影響が出始めるとされる溶存酸素濃度であり、慎重な論議がなされるべきところであった。

 環境基本法第20条は「国は、土地の形状の変更、工作物の新設その他これらに類する事業を行う事業者が、その事業の実施にあたり予めその事業に係わる環境への影響について自ら適正に調査、予測又は評価を行い、その結果に基づき、その事業に係わる環境の保全について適正に配慮することを推進するため、必要な措置を講ずるものとする」と記している。飛行場の設置などで2,500 m以上の滑走路が含まれる事業は、環境影響評価実施要項の対象となっている。

 本来ならば事業者が計画アセスメントを行い、環境に対する影響評価を評価書を作成して環境省に提出する。環境省は厳密な検討を行い、意見を述べる。その結果を受けて事業者は工法を定め、事業アセスメントに着手するといった手順で進むべきところである。大型開発事業を一手に内閣府で閣議決定し、推進するのでは、環境基本法を制定した意味はないように思われる。

 国土交通省は河川整備の新規事業に関しては、環境アセスを前倒しして、複数の案を住民が選択出来るような方針を打ち出している。羽田沖合展開事業のような大型の開発事業においても、十分な環境的配慮がなされてしかるべきであり、計画立案の段階できちんとした影響評価(計画アセスメント)を行い、様々な環境分野から第三者の意見を広く求める努力をして、最も環境に負荷をかけない工法を選定する必要がある。

 2002年3月5日に羽田空港沖合で、東京湾内で営業する釣船や屋形船など約50艘、東京都漁連内湾釣漁協議会のメンバーが参加して、洋上デモ行進が行われた。同協議会は東京湾有明にある「十六万坪」の海の埋立反対運動を行っている団体で、東京湾湾内の大田、佃などの6漁協の有志163名で構成されている。この日「残り少ない東京の海をこれ以上減らすな」と訴えた。環境の世紀といわれる今日、国民の環境に対する関心は高い。