環境問題委員会は、有明海問題で最近提言2を発表して(「海の研究」11、631-636、2002)、いくつかの調査課題を提案した。このことを踏まえて、現時点で問題点の解明がどこまで進んだのか、今後考えるべき問題点は何かについて簡単に述べて論議材料としたい。
1. 潮位・潮流問題
最近の「海の研究」(12巻1号)に潮位問題の二つの文章が掲載されている。ここには、有明海の最近の潮位差の減少に対して、諫早湾潮受け堤防の寄与の程度について、異なる見解が述べられている。昨年12月7日に長崎で開催された(環境問題委員も主催者の一員として参加した)沿関連第8回シンポジウム「諫早湾締め切りが有明海環境におよぼす影響の検討」で、小松は「有明海において海水交換ポンプの役割を果たす諫早湾」と題して発表した。内容は、諫早湾の一部を締め切ったことによって有明海奥部の海水交換が遅くなり、その結果赤潮が多発する要因となった可能性を指摘したものである。この発表に対してたくさんの質問が出されて、この問題は多くの関心がもたれたが、確信となるまでにはいたらなかった。このシンポの総合討論で、これらの物理的問題については、専門家がぜひきちんとした回答を出してもらいたいという結論となった。物理(水理)問題は、有明海生態系を考える上で基本の問題なので、今後ぜひ精力的に調査研究を進めてもらいたい。
2. 水質浄化機能の喪失と負荷の増大
干拓調整池の水質は、近年、徐々に悪化してきており、改善傾向が認められない。目標値であるCOD(化学的酸素要求量)5 mg/L、T?N(全窒素)1 mg/L、T?P(全リン)0.1mg/Lがかなりひどいものであり、農業用水として利用できるとは考えられないが、この目標値をかなり上回っていて、その結果調整池からの排水が諫早湾に対して汚濁負荷源となっていることは明らかである。これは、調整池内の底生生物が減少して生物的浄化機能が減少したことに加えて、淡水化したため浮泥が体積しなくなったためと推定される。昨年4?5月に行われた短期開門調査結果を見ると、海水導入によって調整池の水質はかなり改善されて(COD:4 mg/L、TN:0.4 mg/L. TP:0.04 mg/L)、明らかに目標値を下回った。農水省は海水導入に伴う希釈効果であると述べているが、希釈効果に加えて浮泥の堆積も要因となっていると考えられる。短期開門調査でもこれだけの水質改善が認められたので、底生生物が増加するような中・長期的な開門調査を行えば、効果はよりいっそう大きくなると推定される。
3. ノリ不作と赤潮の発生
今年度は、河川水の流入が不十分で栄養塩が不足して、ノリの色落ちが起きたといわれている。西海区水研と中央水研の調査で、大潮の潮流に伴う濁度の増加により植物プランクトンの増加が抑えられ、小潮時には濁度が減少してプランクトンが増加することが明らかにされた(春の水産学会発表予定)。漁業者は小潮に赤潮になると述べていた。また浮泥は栄養塩や植物プランクトンを吸着することが知られていた。これに加えて、濁度の減少が光条件を改善させて植物プランクトン増殖に有利に働く可能性も指摘される。このような研究によって12?1月は潮が低い時期だけに赤潮が発生しやすい条件にあることが推定される。また、石坂らは、2000年のノリ不作時の赤潮が諫早湾口近くから発生した可能性をリモセン画像から指摘したが、諫早湾調整池による締め切りで、栄養供給の増加と潮流の弱まりによって諫早湾口近くで赤潮が発生しやすくなる可能性が高いので、さらに明らかにしていくことが必要と考えられる。
4. 貧酸素水塊の発生
先に述べた昨年12月長崎開催のシンポでは、諫早湾において貧酸素水塊が発生する機構について発表があった。先に述べた赤潮の場合と同様に、負荷の増大と潮流の弱まりが貧酸素水塊の形成を促進している。今後はこの貧酸素水塊が有明海へ及ぼす影響を検討することが必要である。
5. 底質の変化
第三者委員会では諫早湾内底質の細粒化、浮泥の堆積について述べている。これも貧酸素水塊や赤潮と同様に潮受け堤防で諫早湾を締め切った影響と推定される。やはり第三者委員会は、佐賀沖で干潟の沖側まで泥化が進行していることを示している。これは、潮流が弱まり、浮泥を浅場まで押し上げる力が弱まったことを示していると推定される。干拓事業がどれだけ有明海の潮位差を減少したのかについては論争があるが、潮位差が減少したことは明らかなので、潮流も全体としては弱まっていると考えられる。このことが泥化の大きな要因と考えられるが、この点は今後の検討課題である。
6. 有明海の物質循環過程
有明海の海水交換量、物質輸送量、生産と分解、浮泥の挙動など、有明海全体についてはまだほとんど研究がなされていない。また、諫早湾締め切り以外にも筑後川大堰、炭鉱跡陥没、熊本新港防波堤など有明海の環境に影響を与えると考えられる人為的諸問題がある。これらを包含する調査研究が必要である。
7. 二枚貝の減少
提言2では、その後の調査研究の発展が見られないこともあって、この課題を取り上げなかったが、その後いくつかの知見が重ねられてきた。堤ら(日本ベントス学会誌、57、177-187、2002)は、熊本緑川河口干潟に覆砂した結果アサリが極めて増加したが、2年半ほどで稚貝の生育が悪化して壊滅状態になったことを示し、底泥がアサリ資源量減少に関係していることを示した。関口ら(海の研究、12、21-36、2003)は総説の形で、有明海のアサリ資源量減少の要因として浮遊幼生の生残率の減少をあげているが、それも含めて総合的な調査計画を述べている。第三者委員会の会合では、玉置が熊本干潟におけるスナモグリの増加が底質を変化させてアサリ資源減少の要因となっている可能性を指摘した。アサリ資源減少要因については多くの知見が積み重ねられてきているので、やがて要因が解明されることが期待される。タイラギの減少も大きく、水産庁研究所を中心にして研究が進められていて、貧酸素水やエイによる食害などの可能性が指摘されているが、まだ十分な結果が出されていない。有明海は広大な干潟と強い潮流によって二枚貝にとってはきわめて良好な生息域と考えられるが、実際には資源量の減少が著しい。おそらく何らかの原因による底質の変化が影響していると推定される。この問題の解明は有明海の豊かな生産性を回復する問題である。
8. 第三者委員会
有明海環境問題を考える研究者は、多くの情報を公開の第三者委員会から得た。この委員会は行政の委員会としては珍しく公開であり、さらに議事録も速やかに航海され、また資料も公開され、画期的な委員会であった。しかし、聞くところによれば近々委員会は終了するとのことであり、きわめて残念なことである。なぜ終了するのかを明らかにする必要がある。また第三者委員会が提案した中・長期的開門調査の実施はきわめて重要なので、その実施についても見解が求められる。